幅員5.5m未満をゆく

ZUNOW ラウロ ロード

34年前、高校生の時にアルバイトをして貯めたお金で購入した ZUNOW ラウロ ロードフレーム。
この頃はオーダーフレームと同じくらいに、吊るしのフレームの人気がありました。
そんな吊るしフレームの中でも異彩を放ち人気が高かったのがZUNOWです。
オーダーに劣らないオリジナルのフレームパーツと、美しい仕上げは多くのサイクリストを魅了しました。
確か6万円台だったと思います。今思うと安いですよね。
これに好きなパーツをアッセンブルして自分だけの自転車にするのが楽しかった。


色んなところを走りましたが、中でも乗鞍は一番の思い出になっています。
サドルバッグとフロントバッグ、小さなデイパックという装備でYHをつないでの夏休みソロツーリング。
松本から休憩無しで乗鞍の畳平まで、とんでもなくキツかったけれど、たくさんの良い思い出ができました。

乗鞍から眺めた北アルプスの美しさに魅了され、また当時もりあがっていた山岳サイクリングの影響もあって、このロードはパスハンへと変貌していきました。
650Aホイールを履き、MAFACセンタープル、オールランダーバー、TA+プロダイ …
数年してCHERUBIMパスハンをオーダーすることになり、現在のQUARKパスハンへと流れて行きました。

そして、このZUNOWは再びロードとして組み上げて復活。
しかし、パスハンが主なサイクリングスタイルとして根付いてしまったので、乗る機会はごく僅かでした。
部屋の壁の最上部へ置かれて二十数年。初めてかもしれません。今日掃除をしました。
自転車部屋は長男部屋になり、アレルギーのある長男を気遣って部屋を大掃除したのです。

雪のように降り積もった埃は5mmくらいでしょうか。はたきと歯ブラシで埃を落とし、濡れ雑巾で拭くとZUNOWのロゴが浮かび上がってきました。

チェーンホイールです。
大好きなSUGINOマイティコンペ168mmに、同マイティコンペの42T、アウターはTAテバノの52Tです。
そう、この頃から天邪鬼な正確でした (^^;


リヤディレイラーはZEUS2000
プーリーが壊れてしまったのでカンパヌーボに交換しています。


フリーホイールはデュラエース13-21T
エンド幅は126mmなので6段フリーが使えますが、チェーンホイールが傷付き易いことからあえて5段を使っていました。


ブレーキも惚れ込んでいた吉貝ニューグランコンペ400
残念ながら既にその美しいアルマイトは輝きを失っています。
ヘッド小物は当時最軽量と思われた丹下リッチー。


ブレーキレバーは吉貝ニューグランコンペ202
当時、廉価版は握り部分が太く、高級品はこのように薄くて握り心地が良かったものです。
握りのゴムは劣化が激しく、かろうじて形状を保っています。


ステムは3tttレコード
首の断面が三角形になっており、細身で女性的な美しさ。
サンドペーパーとピカールで磨き上げていました。
ハンドルは小柄な人に人気があったチネリ・ジロデイタリア。
バーテープはSUGINO75が巻いてありますが、最初はBENOTTOのビニールを使っていました。


Wレバーはカンパ。
この肉抜きは当時サイスポで連載していたチクリ訪問で見たものを真似ました。


ボトルケージはコブラ
当時はリムやボトルケージをゴールドにしている人が多かったですね。
ゴールド=オロと呼んでいました。


チネリ(ユニカ)
製品名は覚えていませんが、小柄な僕が少しでもシートピラーを長く見せようとして選んだものです。
その意味でもピラーはデュラエース
残念ながら溝を全て出して見せることはできませんでした。


タイヤは安価なパナレーサーを装着してありますが、これの前はソーヨーを使っていました。
サドルに付いていた予備タイヤを剥がすと、そのソーヨーでした。
SOYO GRAND PRIX 240
当時としては太めで24mmくらいあったと思います。ラテックスチューブなので軽量な240gです。
スコーっというロードノイズと、軟らかい走行感が気持ちよかったです。


もう走れる状態に戻そうとは思いませんが、最後に跨ってみました。当時の走りが思い出されます。
想像に反して両足の爪先が地面に届きました。
最後に乗ったのは二十歳くらいだったはずなのに…、以降も成長していたということでしょうか。
今ならもう少しサドルを高くして格好いいロードレーサーになるのかもしれません。

唯一、ここだけが輝きを取り戻しました。